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ボクが岡崎に住む「べき」だった理由

1981年、京都市に生まれたボクは1歳の時に山科区から伏見区へと引っ越した。

伏見区と言うところには、レプリカだけど伏見城というお城がある。そこにはキャッスルランドって遊園地もあったから、何度も遊びに行ってたし、伏見城の近くに住んでいた祖父と散歩に行ったりもしていた。

そこで21歳までを過ごすが、いろいろあって実家が隣の滋賀県に越すことになり、大津市へと移り住んだ。

京都もそうだったけど、滋賀県も戦国時代の中心地だから、歴史好きのボクにとってはなかなかに楽しめる場所だった。

お城はなかったけれど、隣町には坂本城の跡があったり、信長に焼き討ちされた延暦寺も近かった。北部に行けば、長浜城(レプリカ)、彦根城安土城跡なんかもあるし、歴史を感じずにはいられないところだった。

さらに、琵琶湖や比叡山、比良山などの自然にも囲まれているし、何よりも京都と比べて空が広かった。

滋賀に移り住んでから、ボクは自然を好きになったと思うんだけれど、思い返せば幼少期から虫取りが好きで、家の裏の土手で毎日虫取りをしてたから、昔から自然は好きだったことを思い出した。

そして、28歳で結婚して大津市から彦根市へと移る。

先ほど書いたように、彦根には彦根城がある。

井伊家縁の土地。井伊と言えば、徳川四天王の井伊直政や大老井伊直弼と、徳川ともゆかりあるのが彦根だ。

そして、実は伏見城もかつては徳川家康がいたお城。

ボクの名前「こぉじ」は漢字で「康司」と書くんだけれど、由来は畏れ多いことだけど、「徳川家康も司るほどの大人(たいじん)に育って欲しい」という親の願いが込められている。

つまり、徳川家康から一文字貰ってる。

ここまで書いたことは、ボクもなんら意識したことなく、ただ過ごしてきたこと。

だけど、今年に入って、これらも運命やったんやと感じるようになった。

始まりは2021年1月8日に女神ちゃんと出逢ったこと。彼女は岡崎市在住で、岡崎は徳川家康の生誕の地。

また、その頃に歴史が好きだから観ていたYouTubeの歴史系チャンネルも岡崎で撮影されてて、岡崎の人が解説してた。

はじめて行った岡崎城で、隣にある龍城神社を参拝した時、引いた御神籤は大吉だった。

そして、ボクは呼ばれているかのように、岡崎へと引っ越して来た。

なぜ岡崎なのか?という明確な理由は、女神ちゃんがいるからってことなんだけれど、ボクは自分の人生に徳川家康との接点が何かしらあったんやと感じるし、名前なんて不可抗力からしてそうなんだから、説明のしようもないよね。

来るべくして来ただけの話。

龍城神社の龍にも護られてるみたいやし、程よく栄えていて、自然もたくさんあるから、肌にも合ってる。

今のところ「人」との関わりがないから、これからはそこを作っていかないとね。

それで岡崎をより好きになりたい。だから、これから始めるプロジェクトは大事よな。

そう言った諸々の報告を兼ねて、お墓参りに行ってきます。

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