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卑屈を正す

ボクは損する性格をしていると思う。

正直者が損をするってことだ。

別に自分が正直だと思ってるわけではないけれど、自分のせいで誰かが損することが嫌だと思ってしまう。

正直者というよりも、商売においては歪んだ真面目根性ってところだ。

だけど、ここには2つの間違いがある。

一つは、「思ってしまう」という点だ。

これは自己肯定感が低いことや、劣等感を持っているからだと考えている。

つまり「オレにお金を払う価値があるのか?」と、頭のどこかで考えるために、相手に対して「悪いことをしたんじゃないか?」と飛躍した考えに行き着く。

そもそも、ボクがしていることに対しても、目に見えて相手の利益になるようなことをしている訳ではないし、ましてやボクの商売は物販でもない。

ボクは商売の理念は「自利利他」だと思って来た。クライアントの利益になることをすれば、やがて自分の利益として返ってくる。という考えだ。

そうなると、ギリギリ、モノとして考えられそうなホームページでさえも、直接クライアントの利益を産むわけではないから、利他とは言い難いと思ってしまうわけだ。

つまり、ボクの思想の根底にある「自利利他」という考えへの解釈が間違っているために、「思ってしまう」ということになる。

だけど、相手がボクにお金を払ってくれることは、ボクやボクのサービスに対しての「価値」への評価であり、利益云々ではない。

実は、盲点だったんだけれど、自利利他というのは相手にも言えることで、ボクに対する投資なり対価なりは、相手の自利に繋がると考えられる。

そして、利とはお金だけではない。つまり、利益だけではない。

ボクのもつ知識だったり、信頼だったり、人柄だったりから得られる何かしらのメリット。それが得られれば良いし、それを得ているから良いってこともある。

そういうことだ。自利利他は何もボクだけが背負うものでもなく、ボクだけの理念でもない。これは人の営みの真理だ。

だとすれば、何もボクが自分を卑下することもないし、相手に対して「申し訳ない」と思う必要もない。

単純に感謝して、素直に喜び、また報いようとすれば良い。ただそれだけの話なのだ。

慮ることが拗れているから、ボクは「思ってしまう」のだ。

自利利他が平等な条件であるならば、受け取ることに何の負い目に感じる必要があるのだろうか?

何言ってるのかちょっと分からない。と、自分で書いていて思うほどに、歪んだ解釈に縛られていた。

上に付随してあるのが二つ目の「損する」という点だ。

ボクは自分で商売をしているから、お金を受け取ることへのメンタルブロックはないと思っていたけれど、残念ながらあった。

これは過去記事に何度か書いているけれど、相手の財布事情を考えたりして、自分の価値を低く見積もったりすることで、正当な評価を得ようとせずに、自分から損を取りに行く。

これは優しさでもなんでもないし、実はメンタルブロックですらない。

これは実は、言い訳だ。そして、呪いだ。

損をとるという行為、もちろんこれは時には有効だ。意図して、あえてその先の利益のために損をする場合は、有効だし、戦略的な損失であれば、問題はない。

だけど、ボクの場合は違う。

まず、安く見積もることで、責任を負う範囲が軽くなる。赤裸々に言えば、文句を言われることのない程度のラインで仕事をすればいいということだ。

だが、この結果は知れきっている。二束三文で見積もったら、二束三文しか入らないのだから、その実、相手が損すると気遣いながら、自分だけが損をしている。

そして、この言い訳が自分を呪っていく。

価値を上げることが怖くなるのだ。

それは、自分への価値が低いから、上げたら怖いではなく、退路を断つことへの怖さだ。まじでどうしようもない思考になる。

どうしようもないってのは、そもそも退路を考えるなってことだ。

相手を気遣うことなどそもそも不要で、商売に退路も不要。

大体、高いかどうかを決めるのは相手だし、高ければ依頼しなくなるだけだ。

そして、商売においては、安価であればあるほどクレームが多くなることは常識だ。

高い価値のメリットを考えれば、この二つ目の間違いがどれだけ無意味で悪循環かが分かる。

高い価値があると、相手を選ぶ。そもそも上質なクライアントしか買えなくなる。そして、上質なんだから、クレームは少ないし、それだけの価値を得ようと努力する。

何より、こちらも心の余裕を持ちながら、商売に専念できるんだから、退路など考える必要もなく、全身全霊で挑める。

こう考えてみると、本当に無意味な思考だ。

相手に損と思わせたくないなら、それだけの対価を要求すべきなのだ。

そして、その対価は「気持ち」なのだから、そこに悪いとか損とかって概念を挟む余地はない。相手の考えなど分かるはずもないし、嫌なら対価を払うはずがない。

さて、ここで冒頭に戻ろう。

ボクは損する性格だと書き、それが正直者だからとも書いたけれど、本当はそうではない。

臆病者だから損していたのだ。

それも、ただ想像して怯えるというんだから、笑い草だ。

商売にはずる賢さが必要だと言われるけれど、ずるくある必要はないのだろう。

相手の気持ちを考慮することなく、対価分の価値があると自分を信じて、それ以上の価値を提供し、素直にただ対価を受け取る。

そこには何の思惑も要らない。

出来ることをただやるだけ。

これでお金に対する自分の言い訳を改めることができそうだ。

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