1. 思考
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変わりたいと願う人へ

変わろうとする自分を変わりたくないと思う自分が抑制しようとする。これは気付かないように少しずつ起こることだ。だから、変わったつもりでいても何も変われていないってことが起こるんじゃないかと思う。

なぜ変わりたくないと思うのか?

色々な理由があるだろうけど、ほとんどは、これまで通りの方が楽だから。それこそが自分だから。

だけど、本当にそうなのだろうか?

元の自分が嫌だから変わりたいというのは、理想の自分がいるからこそ湧き起こる思いだろう。

理想の自分になりたいと思うのは、人なら当然の権利だ。

誰だって成長したい。

だけど、それを阻害しようとするのも自分。

彼を納得させることは出来ないのだろうか?

変わりたくないと思う自分を納得させるのは、圧倒的な行動力でしかムリだろう。自分で自分を納得させるだけのことだけど、行動することでしか事実は認識できない。

変わったんだと刷り込む以外に自分を納得させる方法があるだろうか?

行動によって事実を目の当たりにし続ければ、自分で自分を納得させられるだろう。だって、変わったからこそ行動を続けることができているわけなのだから。

だけど、問題は行動をする動機にもある。

動機が間違っていたら、行動をどれだけしても、変わることはできない。

例えば、恋人が妻になってから変わった。妻が母親になってから変わった。なんてことは男性ならよく耳にするけれど、これは逆に男性は夫になっても父親になっても変われない人が多いってことなんだろう。

なぜ男性は変われないんだろうか?いや、変われない訳ではなくて、変わることを嫌がるのだろうか?

それは変わるための動機、行動の動機が間違っているからだと思う。

夫になること、父親になることを義務だと思っているから変われないし、変わりたくないのだろう。

別に夫、父親だけの話じゃない。

ようは、自分が変わることは義務ではないってことだ。変わらなければならないのではなく、変わることもできる。と考えるってことだ。

つまり、義務ではなく権利。

ボクらには変われるという権利がある。これは義務ではないから、自分の選択次第で行使できるってことだ。

そう考えれば、自発的になれるし、柔軟に受け入れることもできるのではないだろうか。

自分を変えたいなら、素直に行動を変えればいい。思考は後からついてくるだろう。ただ、動機は権利として考えることだ。

強制的に変わろうとすると、それを義務のように考えてしまう。だから、変われない。

少なくとも、ボクはそう思う。

ボクが変わるのは義務ではなく、自分の意思だってことを自分に教えてあげようと思って書いてみた。ボクたちには自分で自分のことを選択できる権利があるだけだ。

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