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生まれてきてはいけなかった子どもたちの話

最初に言っておくけども、生まれてきてはいけなかったなんて子どもがいると思っていない。

だけど、子ども自身が「自分は生まれてきて良かったのか?」と感じてしまうことはあるだろうし、これから話すのは、無意識に「自分は生まれてきて良かったのか?」と思っていたことに、大人になって気付いた人の話だ。

そして、これは自己肯定感が低かった彼が、自己肯定感を高めても良いという事実に気付けた話だ。

祝福されなかった子どもたち

いくつの頃からだったのか、記憶は定かではないけれど、彼は母から「あの人は私と結婚したいと思っていた」と、父親ではない他の男性の恋慕を聞かされていた。

彼の母は美しく、病弱だったので、若い頃は多くの男性が言い寄って来たのかも知れない。

そんな話を聞いても、子どもだった彼にはよく分からなかったが、母がかつて人気だったということだけはわかっていた。

また、彼が大人になってからも、母から聞いていた男性に直接言われたこともあった。その時には、その男性の子どもも一緒にいたんだけれど、男性は言った。

「お前らには悪いけど、オレは昔、◯◯ちゃんと結婚しようと思ってた」

男性はそう言った後、目の前にいる自分の子どもと好きだった女性の子どもに、可愛いお前たちが生まれてきたことは嬉しいと思っているというようなフォローもしていた。

彼はその話を聞いても、母から聞いていた話だったので驚きはしなかったし、きっと男性の子どもがその話を聞いたのも、はじめてのことではないのだと思う。

だけど、大人になりしばらく経ってから、彼は気付いてしまった。

彼の母親は、美しかった。彼の父親は某有名国立大学出の秀才だった。そんな二人の間に生まれたのだから、彼の容姿や頭脳も押して図るべしといったところだったが、彼の自己肯定感は低かった。

幼少の頃から、大人になってからも、彼は容姿を褒められること、頭の良さを褒められること、その多才さを褒められること、能力を褒められることが多かった。プライベートや仕事で彼を知る多くの人が、彼のポテンシャルを認めていた。にも関わらず、彼は自分を認めることができなかった。

褒められても褒められても、彼にとってその言葉たちはどこか「空虚」だった。虚言だとは思っていなかったが、彼自身を褒めている言葉だと信じることはできなかった。

ある日、彼自身、自己肯定感が低いことに悩んでいた。
これまでの周りの評価が間違っているとは思わないし、自分でも自己評価をするなら、周りの評価と同等以上の評価をしている。だけど、それが腑に落ちたことがない。

そして、彼の自己肯定感の低さの原因は、かつての母の言葉や母を好きだった男性の言葉の中にあった。

実際のところは分からないけれど、母を好きだったのは、男性だけではない。男性の他にも親戚付き合いの多い家系だったので、母は親戚の多くからも好かれていた。だけど、母はその中でも父を選んだ。

もちろん、その他の男性たちも別の女性と結婚し、それぞれが家庭を築いているのだから、今さら詮無いことではあるけれど、そういった事実が彼の自己肯定感を低くしていることとリンクした。

彼は気付いてしまったのだ。

「もしかしたら、父と母の結婚は、思っていたほど祝福されていなかったのではないのか?」

二人の披露宴は、200人だかそれくらいの人を招いて行われたと聞いていたけれど、実はその中には「恨みつらみ」や「嫉妬」というネガティブな感情もあったんじゃないのか?

父と母の結婚は、恋愛ではなかったと聞く。父は求婚していた側なので、父も母を好いていた多くの男性の一人であったことは間違いない。だけど、母が父を選んだのは、母の親兄弟の後押しだったと聞く。

果たして、母は父のことをいつから愛するようになったのだろう。そんな疑問も彼は持った。

母は、子どもを産めない体だと言われていたらしい。だけど、父と結婚して3人の子どもを授かった。これは奇跡なのかも知れない。そして、もしかしたら、多くの男性が母との結婚にまで踏み切れなかったのは、このことが原因の1つにあるかも知れない。子どもができないというリスクがあったからかも知れない。

どちらにしても、彼の父と母の結婚は、皆が祝福するところではなかったんだと思う。だから、かつて母を好きだった男性は、大人になってから、我が子がいる前であのような思いを伝えたのだろう。

そして、それは彼と男性の子どもが生まれてきたことを遠回しに否定していることになる。男性の発言は「オレが望んでいたのは、○○ちゃんとの子どもだった」と言ったようなものだ。

そう気付いた時、彼は自己肯定感の低さが己の出自にあったのだと悟った。
もちろん、幼少の頃からはっきりと分かっていたわけではなかったが、「自分は誰からも祝福されて生まれてきた子どもではない」と直感していたのだ。
だから、そんな自分がどれだけの評価をされても、そもそも存在すべきではないと否定する自分が心の奥底にいたのだと知った。

果たして本当に祝福されなかったのか?

さて、この話はもちろんボク、POMAの話だ。でっち上げでもなんでもなく、ボクが体験してきた話で、ボクを悩ませていた問題の根本にあった事実だ。

とても悲しい話だと思う。そして、母にしても男性(親戚)にしても、子どもにすべき話ではないと思う。マジで、バカなの?って言いたい。

だからと言って、ボクや兄弟、親戚の子どもが「望まれて生まれてきていない」とは思っていない。それは、ボクも子を持つ親だから分かる。我が子は可愛いし、無条件に愛してやまない。自分の命を投げ出してでも守れる無二の存在だ。

だからこそ、母や親戚の叔父も他意はなく、ただ昔はそうだったと過去の恋慕を話したかったのだろう。未練がましいといえばそれまでだが、、、

ただ、ボクがそこから受けた影響は大きい。先ほども書いたが、ボクは父から賢さを、母から容姿や才能をもらっている。これは自他共に認められるところだ。ボクのポテンシャルはデカいと思っているが、それらを素直に認められなかったのは、ここに原因がある。

少なくとも、子どもの頃のボクは「生まれてきてよかったのか?」と言葉にさえならないような漠然としたイメージを抱いたのだろう。だからこそ、能力に反比例して自己肯定感が低いことにも納得できるってもんだ。

ボクは、別に両親や叔父を責めようとか思っていないけれど、ボクの中ではフルボッコにしておこうと思う。
なぜ、父親も入るのかは、この件とは別の事情だ。
父もボクの才能を否定し続けてきた過去があるので、ボクはそれだけは許せない。
幼くして、ボクを長男にしてしまい、我慢させることが、背負うことが長男だと思わせてきたことに加えて、存在さえ否定しかねない話をした母も許せない。
同様に親戚の叔父も許せない。
だから、ボッコボコにしてやるしかない。

父のことも母のことも叔父のことも大好きだし、彼らに愛されていることも十分に感じ、感謝している。
その上で、甘んじて、心の中でぶっ○ろすことにしよう。

ボクを39年間苦しめてきた自己肯定感の低さは本当に自分でも厄介な問題だった。
ボクの過去には、そこまで低く思ってしまうほどの大きな出来事なんてなかったからだ。
いくら思い出そうとしても、思い出せるはずはなかった。

ただ、なんやなんや?と考えている時に、ふと降りてきたのが、ここで書いた話だった。

自問自答をしていれば、思わぬところから答えが降りてくることがあるのだ。

ボクがボクを肯定する

これからボクは、子どもの頃のボクが漠然と感じていた思いをしっかりと受け入れ、そうでないことを教えてあげる。

ボクは、周りの人が評価してくれてきたまんま、容姿も賢さも能力も才能も高評価だ。
そして、ボクは多くの人々や神々に愛されて生まれてきたし、愛が溢れるほどに自分を愛しながら生きて良い。
ボクほど人に優しい人間はいない。
人を愛せる人間はいない。
ボクが生まれてきてくれたことに、他でもないボク自身が喜んでいる。
祝福をする。
幸せを感じている。
そして、ボクほどボクを好きな人間はいない。
ボクがボクのすべてを肯定する。

ボクは、持って生まれてしまった人間なのだ。チャンチャン♪

うん、冗談めいて終わろうと思ったが、わりかし本気で信じているんだから、ボクは本当に能天気だなwww

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