1. 思考
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ほんの僅かな変化と成長を少しずつでも繰り返す人生の先に

気を使うってことをこじらせると単なる臆病になる。臆病になると、自分の首を絞める。そんなことを繰り返していたんやなぁとしみじみ思う。

これは、一種のウソだ。本当の自分の気持ちを美化するために、カッコつけてるだけだ。

相手に悪いとか、嫌われたらどうしようとか、そんな風に自分を守ろうと、傷付かないように思考は「逃げ」を優先してしまう。

でも、その結果、自分がしんどい思いをして、それを積み重ねて行くと、同じ轍を踏むことになる。

相手との良好な関係を築きたい、保ちたいというのは本心ではあるけれど、その事と、自分がガマンをしてまで無意味に自分を追い込む事とは、等価ではない。

こちらがガマンしなかった場合、相手は相手で考えることであり、相手の思考する手間さえもこちらが負担して、しかも杞憂や無駄な思考、想像で勝手に自分を傷つける行為は正義ではない。

最近、勇気だの大胆だのって記事を書いてたけれど、これは思考行動すべてに言えることなんだろう。

臆する必要もなく、変な気遣いをする必要もなく、まずは大胆にぶつかる。

そもそも、ボクは根が優しい性格やし、それは言動の端々に感じられるのだから、一貫性の法則なんてことを一事が万事に適応する必要は毛ほどもないのではないだろうか。

優しくあらねばならないという呪縛で自分を縛っていたし、その優しさが正しいと思い込んでいた。でも、それは優しさでもなんでもない。

単なる呪いだ。

人は、知らず知らずのうちに自分を呪っている。自分で自分を呪ってしまっている。

その事に気付くのは、他者からやったり、自分の言動からやったりするんやけど、後者の場合は、立ち止まって自分を見つめ直さないといけない。

ボク自身も他者から気付かされることが多いから、偉そうなことは言えない。言えないけれど、ボクがこのブログを通じてやって来ている「自問自答」には、その力がある。

最初の気付きは他者から与えられるけど、そこから本当の気づきを得るのは、自分しかいない。

つまり、自問自答しかない。

自問し、その答えをさらに他者から指摘され、また自問自答する。

この繰り返しの中で見つけた自分は、やがて本当の自分に行き着く。

その時、目から鱗が落ちたような感覚を覚えることがある。

すると、これまで見ていた景色が本当に違って見える。

安心して、慢心すると、また眼は曇るんだけど、その度に気付き、自問自答をすればいい。

ボクらは一歩ずつ一歩ずつ進んでは、知らぬ間に一歩下がってしまい、またそこから歩き出す。

三歩進んで二歩下がるってことを繰り返して行けば、それは一歩進んでることになるのだから、それを繰り返して行けば、来年には違う自分になれてるはずだ。

かつて、勝間和代氏が、2%だか0.2%だかの変化を繰り返すことができれば、それで良いみたいなことを書いてた記憶がある。複利の話だったかも知れないが、自分に置き換えてることもできるだろう。

僅かな変化を繰り返す術さえ持っていれば、人は生まれ変わることができる。

一朝一夕にはいかないし、自分では気付けないほどの些細な変化の積み重ねでしかないが、ボクらは確実に変化と成長を迎えられる。

そうして、気付けばなりたい自分になれているのではないだろうか。

ボクはその為の自問自答というメソッドをもっと体系化させなくてはならない。

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