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悪夢から気付く、本当の自分

寝付けないので、書きたかったことを書く。

咲夜見た悪夢についてだ。

夢の内容は覚えていないが、悪夢にうなされて、ハッと目が覚めた。隣に女神ちゃんがいたから、その後は安心して眠れたが、あんな夢を見たのはいつ以来やったか。。。

朧げに記憶しているのは、「なにかと戦おうとしながらも、あったはずの戦うための武器か何かがなくなって、それでも必死に戦おうとしていた」ということだけ。

とにかく、夢の中のボクは、何か怖いものと必死に戦おうとしていた。

何が怖いのだろうか?と考えた。

仕事で安定した売上がたたないことか?でも、それはスポットで入るまとまったお金でなんとかできそうな兆しはあるし、これまでもそうやって生きてきたから、怖いけど、そこまで思い詰めてない。

だったら、他になんの怖さがある?

女神ちゃんがいなくなること?いや、それは確かに考えたら怖いけれど、ボクが悪夢から目覚めた時にも「わたしはずっと側にいるから、大丈夫ですよ」と安心させてくれた。先のことは分からないにしても、そう言われたわけやし、いなくなるなんて考えていない。考えたくともない。

そうなると、他に思い当たることがない。

何が怖い?いや、怖かった??

怖がるようなことがあったか?

ここ2カ月ほどで、ボクはだいぶ変化と成長したから、怖さも感じなくなったのに、何を怖いと感じていたのだろう?

3月初旬の頃は、怖さもあったと思うけれど、下旬から怖さは次第になくなったはずだ。克服したというより、自分が変わっていく中で、怖さを感じなくなった。

変わっていく自分が怖いのか?

自分を見つめ直すことが怖かったと言えばそうかも知れない。

ただ、ボクはどうしてもあの時期に変わらなければならなかったし、その決断は岩よりも硬かった。そんな決断をしたのははじめてのことだ。

やとしたら、ボクは怖さを感じていなかったのではなく、もしかしたら、怖ささえも忘れてガムシャラになっていたのだろう。

それくらい、我を忘れるくらいに変化に貪欲にならなければ、今の心境は、あの頃のボクからしたらあり得ない変化だ。

ということは、ボクはずっと怖さを忘れていただけで、その怖さを夢の中で思い出しただけなのかも知れない。

本当はそれくらい恐怖すべきことをただ必死に成し遂げたと言うことなのだろう。

そうだ、ボクだって怖かったはずだ。

自分が変わることは、周りにも不安を与えたし、お陰でしんどい思いもしている。

自分を見つめ直すという行為は、本当はそれくらい怖いことやったはずだ。

ただ、逆を言えば、怖さを忘れるくらいに真剣になれれば、変化をもたらすことは容易でもある。

とは言え、ボクも怖さを抱えていたことは確かだろう。

知らず知らずのうちに克服できていったけれど、怖かったんやな。

そんなボクを教えるための夢やったのかも知れない。

怖がっていたボクさえも忘れるほどやったけど、今怖くない。これ以上変わるとしても、怖さはない。怖かったボクを知った以上、これからも怖がる理由もない。

自分を信じて、ひたすらに邁進すればいいだけだ。これまでそうして来たのだから、これからもそうするだけ。

もう悪夢を見ることもないだろう。

これで悪夢を見たら、まだ何か怖がることがあるってことだが、、、とりあえず、眠ることへの恐怖はぬぐいされたと思う。

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