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自分に問う以外に答えはないのか?

ボクは日々自問自答を繰り返していて、きっとそれはあなたもそうだろう。

自分に質問しない人間なんてこの世にいないだろう。

それは、「お腹空いたな。何食べよ?」でも自問自答だ。だから、自問自答してない人間なんていない。言葉を介さない赤子は問うことができないだろうけれど、それでもお腹が空けば答えるんだから、本能で対話はしているんだと思う。

その試行回数が多ければ多いほど、答えを導く速度も上がるとは思うし、意図してやれば、真実に近づく速度も早くなると思う。ただし、自問自答で出せる答えは、自分の対する答えで、相手がいる場合は、その答えが必ずしも正解ではない。

だから、自問自答にデメリットがあるとすれば、そこだ。

自分で出した答えだから正しいと思い込みたい。だけど、相手に否定されたらどうしようと思うと、答えに不安が伴う。ボクは結構、ある。ただ、そこで出した答えは、そんなに遠い答えではないことがほとんどだし、的を射てなくても、答えを出し続ければ、的に近づくことも多い。

結局、自問自答にしても何にしても、アウトプットしなければ、先には進めない。

その怖さに慣れなければ、停滞を選びがちだ。

では、最初から相手に答えを求めればよくないか?と言うと、それは絶対に違う。

自分の思考を通し、自分なりの答えを出さなければ、頭で考えられない人間になってしまう。誰かの傀儡になりたければそれでも良いけれど、そんな傀儡な人生を望む人は、このブログの読者にはいないだろう。

だから、自分に問う以外に答えはないのか?というタイトルに対する質問は、「そこに100%の正解はないけど、答えはある」と言える。

そして、相手は正解を求める以前に、あなたの思考によって導き出された答えそのものに価値を覚える。もちろん、それを真っ向から否定する人もいるだろう。だけど、否定されたとしても、答えを考えた努力はムダではないし、否定している側の人間は、そのレベルでしかないのだ。可愛そうじゃないか。

自分の中に答えを見つけなければいけないことはたくさんあるから、自問自答から導き出せる答えも多い。だけど、その答えさえも100%の正解ではないことも多い。そして、自問自答で出した答えでは、そのことに気付けない。自分が出した答えだから、盲信してしまいガチなのだ。

これもデメリットやな。

だから、本当は自問自答して導き出した答えを客観視できる人が居たほうがいい。身近にいれば理想だけれど、客観視する人は、あなたのことを真剣に考えてくれる人でないと意味がないし、親兄弟とか友だちとかは避けた方がよい。なぜなら、あなたに対してすでに色眼鏡で見てしまっている可能性もあるからだ。

そうなると、相手にとって都合が良いかどうかで、その答えを判断される。

これは怖いぞ。傀儡への第一歩だ。

なので、もしあなたが自問自答して、自分を成長させたいなら、あなたのことを正当に評価し、本当のあなたになることを望む人、そのことを否定しない人を探すと良い。そんな人いるのか?いるよ。ここにね(笑)

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