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自分の名前へのコンプレックス

ここで本名は書かないけれど、ボクは自分の名前にコンプレックスがあった。

似て非なる名前で言えば、「高井宗司」みたいな感じ。これは昔書いた小説のキャラクターの名前なんだけど、まぁ、ボクの本名と似て非なる感じだ(笑)

コイツの場合は、漢字で書いたら、なんかカッコいいけどね。

ただ、ひらがなやと「たかいそうじ」になるから、子どもにとってはイジりの対象だ。

だけど、それでイジメられたりしたことはない。

ただ、小学校の社会の授業中にあったことが、ボクはいまだに忘れられないから、そこを掘り下げてみる。

どこかの歴史の勉強で、◯◯工事みたいなのが、あった。ボクの下の名前は「こぉじ」だから察しはつくだろう。

その◯◯を答える時間だったんだが、誰かが「◯◯こうじ」とボクの名前を大声で叫んだ。すると、担任の先生も「そう!でも、違う惜しい!!」と答え、みんな笑った。ボクは笑えなかった。

自分の名前が恥ずかしく思えたのだ。

親に頂いた名前なのに、親の願いも込められた大切な名前なのに、ボクは恥ずかしかった。

だけど、「こぉじ」という名前の由来を知ってからは、誇りを持つようにもなった。

恥ずかしさがムカつきだったら良かったのかも知れないと今では思う。それなら、今よりもさらに誇り高く生きていただろう。

ただ、ボクの名前の漢字は歴史上の偉大な人物の名前から取ったものなのだけど、今、その人の生まれた土地との縁ができている。

これをどう考えるかは人それぞれだけど、ボクは呼ばれている気がしてならない。

その人の生まれた場所へ行き、ゆかりのある神社も参った。おみくじは「大吉」だったので、今もお守りとして財布に忍ばせている。

そこに書かれていることは、その人からのお告げとしか思えない。

別に、その人個人にとても思い入れがあるわけではないけれど、偉人たちの中では気になるランキング一位ではある。その人だけは小説まで読んだ。あ、でも途中だったな、、、(笑)

何にしても、ボクはもうその縁を信じようと思う。だから、今のボクにとって、この名前は誇りだ。

好きな人が名前を呼んでくれるとき、ボクはこぉじだと認識できる。名前を呼ばれるだけで、ボクはボクであることを認識できるのだ。

名前とはかくも素晴らしいものなのに、好きな人から呼ばれるだけでも嬉しくなるものなのに、恥ずかしがっていたことが恥ずかしい。。。

だけど、あの頃のボクの気持ちは分からなくないよ。周りの目が気になる年頃だらかね。だから、そのことを責めたりはしない。

ただ、自分の名前が将来的にはどれだけら素晴らしいかを知ることになるから、特に気にすることはない。イジられてラッキーくらいに考えてやればいい。

いずれは、その名前の通り、デカい男になれる。ボクもまだその旅路の途中だけど、そう遠くはない気がしている。

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