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ヨガの八支則【ヤマ:ブラフマチャリヤ】について初心者が学ぶ

ヨガの八支則を学ぼうと、Amazonでポチった一冊の本の内容を一つずつ記事に私見を交えてまとめながら、自分の中に落としこんでいこうと思う。購入したのは、以下の本。

この本の感想は八支則について記事を書き終えてから、改めて書こうと思う。

今回は、ヤマ(禁戒)の4つ目「ブラフマチャリヤ(禁欲)」について。ヤマ(禁戒)は、日常生活でしてはいけないこと。禁ずべきこと。常に心がけるべき、道徳的な教えのことだ。では、行く。

ブラフマチャリヤ(禁欲)

何ごともやり過ぎない、溺れない

出典:ヤマ・ニヤマ: ヒマラヤ聖者が説くスーパーマインドになる10の教え

欲というのは強いから、自分でも気付かない内に欲に従った行動をしていることがある。特に、人間の三大欲求と言われている「食欲」「睡眠欲」「性欲」はとても根深い。だって、この欲求は生き残るために不可欠な欲求だから。

これらの欲求に関しては、溺れないことを意識しないと、本当に限度がない。

食欲

食欲は、習慣で三食食べていることがある。いや、多くの人が習慣で食べていると思う。若い頃はそれでもいい。代謝が大きいから、食べた分だけエネルギーになる。だけど、そこそこ歳を重ねると、エネルギーではなく、余分な脂肪になってしまう。

若い頃から三食食べる習慣がついてしまっていることを知り、一食ずつ減らすことも必要だ。イスラム教ではラマダンの時期は、一ヶ月間日没の間しかものを口にしないそうだ。ルールに多少の差異はあれど、日没後の食事と日の出前の食事の二回か、日没後の食事の一回だけで一ヶ月間過ごす。

朝昼晩が当たり前と思っている人にとっては、辛い修行のように思うかも知れない。だけど、一日一食はすぐに慣れる。ボクは、家にいる間、朝7〜8時くらいに目覚めてから、飲み物だけで晩ごはんまで仕事をしても平気になった。最初は、なんとなくお昼を抜いただけだった。だけど、次の日、お昼を食べたら、体力の消耗と疲労を感じた。その時に「あ、これはお昼食べたら、パフォーマンスに影響するってことやな」と気付き、家にいる間はお昼を食べなくなった。

一日一食だけど、晩ごはんも量を食べることはない。定食などを食べれば、やはり後から疲れる。胃腸に使うエネルギーというのは、莫大なのだろう。生きていくのに必要なエネルギーというのは、ほんの少しでも事足りるようだ。そして、必要であれば、その時には体が自然と欲する。体に素直になれば、体の求めるものだけを食べていればいい。その方が、体の調子も良くなるし、心も保てているとボクは感じる。

睡眠欲

寝ることは、体に良いことだ。脳も体力も回復するから、よく寝れば、次の日は元気いっぱい!なんだけれど、睡眠は質だから、ダラダラ寝るのは良くない。もちろん、寝ないのも良くない。

また、眠ることは気持ち良いと感じてしまうと、睡眠に囚われてしまうことがある。それは睡眠への執着だ。気持ち良いという体の感覚の虜になってしまっている。だから、それはエゴに負けて溺れているだけの話。

では、どうすれば睡眠欲に負けなくなるのだろう?

ボクは、食欲が減る少し前に、寝る時間が短くなった。これを加齢のせいにしても良いんだけど、寝不足といった感覚もない。具体的には1〜2時頃に床に就いて、朝7〜8時に起きている。つまり、5〜7時間の睡眠時間が確保できているのだから、それ以上眠る必要がないわけだ。

そして、眠気がないということは、睡眠の質も上がっているということになる。以前のボクは睡眠の導入までもしんどかったくらいだから、起きるのも辛かったのに、理由はわからないが、次第にこんな体になっていた。

睡眠に関して、ボクは何も学んでいないんだけど、一つ思い当たることがある。

それは、心の不安が一つ消える度に、執着を一つ手放す度に、欲がなくなり、概ね満たされているような感覚になっていることだ。

どういうことかと言うと、安眠には、精神的なストレスが多かれ少なかれ関わっているということだ。それらを一つ一つクリアしていっているから、ボクの睡眠の質も少しずつ良くなっているし、食欲も減ったと考えられる。

そう思えば、自分を見つめ直し、気付きと学びを繰り返すこのブログは多大な貢献をしてくれているかも知れない。

性欲

ボクは男なので、絶倫でありたいという願望がないわけでもない。だけど、食欲、睡眠欲とともに、性欲も感じなくなった。いや、正確に言えば、ムダにムラムラすることがなくなったということだ。EDになったわけではない。時折、朝方に元気になっていることに気付いて、EDではなくてよかったと安心している。

だけど、性欲というのは、最もやっかいだろう。もともと、自分のDNAを残すことが生物の最重要課題なのだから、性欲は最も強い欲求とも言える。そして、人はそこに快楽を伴うから、よけいにとらわてしまう。

愛する人との性行為は、特別に決まっている。子孫を残す以外であっても、意味のある時間だと思う。ただ、そこに溺れてしまうと、本当にエネルギーが枯渇していく。だから、溺れることなく、周りに求めることなく、愛する人とだけ、互いに求め合うときに、とことんすれば良い。

純粋な愛を持てば、性欲もまたコントロールできるのだと思う。純粋かどうかは知らないが、ボクの性欲がコントロールされていることは、ボクにとっても意外だった。また、面白いもので、性欲が減り、それを自分がコントロールしていることに気付くと、嫉妬などの暗い執着も影を潜める。

それは、多少なりとも純粋な愛を持ち始めているからだと、ボク自身はそう考えている。ここで言う純粋な愛というのは、おおらかな愛のことだ。包み込むようなやさしさとでも言えばいいのだろうか。見守る愛と言うのか、信じる愛と言うのか、、、とにかく異性を愛するという愛のもっと外側にある、すべてに向けられた愛のことだ。何を言いたいのかは、それぞれが察してほしい。ボクはまだ愛を語るには、愛を理解しきれていない。

他の欲

欲は三大欲求だけじゃない。承認欲求なども欲だし、物欲なんかも欲だ。自己顕示欲なんてのもある。まったく持たないのが理想なんだろうけど、とにかくこのような欲もコントロールできないと、欲に溺れてしまう。せめて、溺れないように、欲に気付けるだけの余裕を、心に持っていないといけない。

欲に気付いたら、ナチュラルに戻れるようにして、体と心のバランスを取るように心がけないといけないだろう。

ボクは、そのために一日10分だけ瞑想をしている。我流だから、正しくないとしても、ボク的には効果てきめんだと思っている。少なくとも、心の乱れを戻せるだけの効果は感じている。これからも、タパスを続けよう。

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