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自分のエゴにイライラが止まらない

昨夜から、自分のエゴにイライラしている。

自分に対してのイライラだから、処理の仕方もわからないので、とりあえず、書くことにした。

自分のエゴにイライラ

昨夜、Youtubeの配信をしていた。だけど、途中、遊びに来ていた親戚のおばに呼ばれ、5分ほどいいかと言うので、席を外した。

5分で終わる話じゃなかった。だけど、ボクはYoutubeをそのままにしていた。Youtubeは、ボクの好きな人が観てくれていた。そして、その人について話すつもりでいてたから、待たせてることが気がかりだった。

それでも、話を切り上げられなかった。

というのは、おばの話は、ボクの適応障害が再発するのではないかという、家族の不安を代弁するものだったからだ。なので、ボクはちょっと腹たったので、自分を優先してしまった。

実は、Youtubeの配信前に、妹が部屋に来て、「病院に行って、診断書をもらって来て」と言われていた。読まなくてもよいのにブログを読んでいるらしいから、ボクが自分のことを晒している中で、急激に変わっていることが「こいつまだ、病気や」と判断したのだろう。まぁ、そう思ってもらっていいんだけど・・・

ただ、思うだけにして欲しい。診断書をもらって来てということは、それをもらい、病気でないと保証されれば安心するからと思うかも知れないが、そうじゃない。病気でもないのに、こんなブログを平気で書いてることの方が、異常だと思うだろう。

もし、そうだとしたら、ボクが病気であることで、安心している。ボクが病気なら、目の届く範囲に置いておけるからだ。自分たちの目の届かない場所に行かれたら困るわけだ。彼女たちは、ボクのことを一切信用していない。

元気になってほしい、幸せになってほしいと思ってはくれているだろう。だけど、それは目の届く範囲でそうなって欲しいのであって、ボクの自由を願っているわけではない。いや、本人たちは願ってると思ってるだろうけどね。

ボク自身は、別に病気(適応障害でも躁鬱)でもいいと思っている。克服したと思ってるわけでもない。ボクは、幼少の頃から気分の浮き沈みがあったし、それが表に出やすいたちだ。今に始まったわけじゃない。ただ、そうじゃないと飾っていた自分のお陰で、心を壊すほどに追い詰めてしまっただけだ。

認めて、受け入れてしまえば、何も怖くない。だから、最近は自分の気分の浮き沈みは手にとるように分かるし、それを素直に表現している。落ち込んでるときは、とことん落ち込めばいい。嬉しい時はとことん楽しめばいい。ただそれだけだ。それができれば、別に大した問題じゃなくなる。

鬱じゃないんだ。適応障害じゃないんだ。なんて、自分のことを否定するからしんどくもなる。

だけど、病気だからって、自由に生きられないのか?そんな個の尊厳を脅かすような決まりはない。だから、妹の発言は、ボクを目の届く範囲に置いておきたいという本心の現れだということだ。

さっきは、病気でないことを証明されれば安心と書いたが、そうではないのだ。本当に願っているのは、ボクが病気と診断されること。それで得られる自分の安心を願っている。本人は否定するだろうけど、そうだ。

そうでないなら、ボクのことを少しでも信用しているのなら、わざわざ病院に行かせることもしない。ただ、ボクの幸せを願うだけでいい。だけど、それが出来ないってことは、自分の安心を得たいからだ。ボクは、そこに気付いたから、「あぁ、結局みんな自分のエゴから生まれる不安をオレのせいにしたいんやな」と感じた。

こんな悲しいこともないけれど、まぁ、仕方ない。届かない人には届かないし、ボクはそれでもいい。自分の生き方を押し通すだけだ。無責任でもなんでもない。ボクが自分を苦しめることを選択するほうが、無責任だ。ボクが責任を取るべき相手は、ボク自身だ。

自分のエゴに気付かずに、ボクにそのエゴを押し付けるのは、覚悟したほうがよいと思う。ボクはそこに信頼も信用も一切感じないし、相手にしなくなる。それだけの覚悟を持って欲しい。今、色眼鏡でボクのことを見ていないか?自分のエゴだけでボクの虚像を作り上げていないか?本当のボクは、いつもここにしかいない。目の前にいるボクを見よとしているのか?自分のフィルターを通して見てしまうと、危険をはらむ。ボクは経験からそう思うのだけれど、、、

まぁ、でも、別に家族にたいしてイライラしているわけじゃない。ボクは自分にイライラしている。

こういったことが分かりつつ、そういう話だとわかりつつ、腹がたったが故に話を優先させたことは、好きな人を蔑ろにしてしまったということだ。だから、自分にイライラしている。

どうもしばらく、このイライラは消えないだろう。自分への怒りなのだから、エネルギーに変えればいいと思う。この怒りを忘れずに、ボクはもう少しペースを早められる。そう思うと、昨日の話にも感謝できるな。ありがとう。親兄弟のお陰で、ボクはもっと先に行かせてもらえる。まぁ、さっきの覚悟ってのは、そういうことだな。

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