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自分の在り方をhideに教えられた

このブログでも書いてきているように、色々と気付きと学びを重ねているお陰で、ここ最近は、自分の気持ちをコントロールすることができるようになってきた。それは、あたかも自分を俯瞰している感覚だ。特に感情的な部分を感じたら、「この気持ちの原因はなんだ?」と考えることができている。

そこから答えを探して、自分なりに導き出すんだけど、これが結構キツイこともあると気付いたので、そのことを書いてみたい。もちろん、書きながら思考を巡らせていくから、どこに行き着くかはわからない。タイトルは、後で考えてつけるので、しばらくは内容と合致しないと思うが、最後まで読んでいくと辻褄が合うのかも。

ヤマ(禁戒)に縛られる

ここ数日は「◯◯がしたい」と思ったとき、その行為の対象に相手がいる場合、「これは迷惑か?」「嫌がれるか?」「時間を奪っていると思われないか?」ということに気を使うようになってしまっている。

行動する前から、このようなネガティブな感情を持つと、その行為を我慢するのが正しいように考えてしまい、結局、鬱々としてしまっている。これは、サティヤ(誠実)に反するだろう。自分に嘘をついていると思う。

だけど、この行為が自分の欲からのものであれば、我慢した方が良いと、ブラフマチャリヤ(禁欲)を意識して判断してしまう。ここに問題がある。

こんな風に自分を圧し殺して過ごしていると、心の中に不安が渦巻いてしまう。そして、その不安は自分の執着のせいではないかと考え、頭がグチャグチャしてくる。なんて悪循環なんだと、自分でもしんどい。

そもそも、ヤマ(禁戒)というのは、無私無欲になりなさいという教えではないと思う。自分に素直であり、謙虚になり、相手を尊重し、広く大きな愛を持ち、感謝を感じられる状態でいるための教えではないのか。そのためには、自分を満たすだけの欲を持つことだって必要だ。でないと、心が先に壊れてしまう。

素直な自分を認めてあげる

ヤマ(禁戒)の教えというのはきっと、階段をひとつずつ登っていくような行為なのだ。これまで気付いたこと、学んだこと、そこに至ろうとしたこと、そうあろうとしたこと、どれも間違っているわけではないと思うけれど、積み重ねなければ、ありたいと思う自分にはなれない。

無理をするから、我慢が辛くて不安になる。不安になるから執着と考えて手放そうとする。だけど、それは今の自分にとって手放してよいものなのか?手放そうとしているものは、素直な自分の気持ちなんじゃないのか?

その気持ちをちゃんと認めてあげて、満たしてみればいい。きっと、貪欲に求めることはない。

ヤマ(禁戒)の実践というのは、今の素直な自分を認めてあげるところから、その自分を慈しむところからスタートすべきなんだろう。そう思うと心がだいぶ楽になった。自分にただ厳しいだけでは失敗する。ときには甘やかしてもいいだろう。欲をもって行動する自分を許すときがあってもいいだろう。執着しているのではなく、必要な分だけは欲しがってもいいだろう。

それが素直に、ありのままの自分でいるってことじゃないのか。

もっと自分にやさしくあろう

ボクは何を履き違えて学んだのだろうか。もっと自分にやさしくあるべきだろう。自分の首をしめながら、誰かを愛することなんてできないじゃないか。自分が苦しんでいるのに、人にやさしくすることなんてできないじゃないか。それは不自然だ。

まずは、自分を解き放つことだ。心に囚われていると知ることだ。教えは、成長の糧であって、自分を縛るためのものじゃない。

冒頭で俯瞰していると書いたけど、そうじゃなかった。ボクは自分の後ろから自分を見ていた。そして、羽交い締めにしようとしていたのだろう。それが自分の修行だと、成長に必要なことだと思っていたけど、これは無理をしているだけだった。

まずすべきは、自分にやさしくあること。素直な自分を認めてあげること。心の奥底にいるホントの自分が悲しむこと、傷つくことはしないこと。そうあれば、ボクはもっと気楽に成長を楽しめるだろう。日々楽しくなければ、成長もできないんじゃないのだろうか。

こうして、自分の頭の中を整理していくと、本当に新しい気付きを得ることができる。これで、また少し成長できたかも知れない。

自分の在り方をhideに教えられたのまとめ

この記事を書く前の日の夜。久しぶりにhideのロケットダイブを歌った。そして、前から好きだった歌詞に続きがあったことを知った。というか、今さら気付いた。意識もせずに流して歌っていたのだろうか。

好きな歌詞は、ここだ。

何にもないって事 そりゃあ なんでもアリって事

ROCKET DIVE:hide with Spread Beaver

この歌詞をボクは「何も持たないボクたちは自由なんだ。何にでもなれるんだ」と思って、とても気に入っていた。だけど、この歌詞にはさらに続きがあった。

君の行きたい場所へ何処でも行ける

ROCKET DIVE:hide with Spread Beaver

そう、ただ自由なだけじゃない。何処でも行ける。これがホントの自由なんだと気付いた。たった二行ばかしの歌詞に込められた想いはデカい。

ボクは自由そのものなんだ。だから、自分を解き放つことをしなければならない。我慢も不安もいらない。楽しいと思えることなら、行動すればいい。今の自分が至らないことを認め、明日のために、学べばいい。自分を否定する必要など全くない。ありのままを認めてあげよう。

そして、見えない場所まで飛んでみればいい。翼を広げて、飛べいい。ボクは自由であればいいのだ。人はだれしもが自由なんだから。hideの歌詞から、そんなことを感じた。

冒頭から読み直すと、だいぶと悩んでたように思ったけど、辿り着く場所に着地できた感じはする。

もしかしたら、ボクの好きな曲たちには、もっとたくさんのメッセージが込められているんじゃないのか?ちょっと歌詞からメッセージを受け取るってのも面白いかも知れない。。。このブログに新しいコンテンツが生まれる。

行動しよう。待ってるだけの昨日にアディオース。

※記事の投稿ルールの関係上、昨日すでに新しいコンテンツの記事を投稿しています。

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